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高松高等裁判所 昭和50年(行ス)3号 決定

抗告人

川口寛之

外三三名

右代理人弁護士

新谷勇人

外一九名

相手方

内閣総理大臣

三木武夫

右指定代理人

奥平守男

外一一名

右抗告人らから、右当事者間の松山地方裁判所昭和四八年

(行ウ)第五号伊方発電所原子炉設置許可処分取消請求事件について、

同裁判所が昭和五〇年五月二四日なした文書提出命令申立の一部を却下する旨の決定に対し、

即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次の通り決定する。

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙二の「抗告の趣旨及び理由」に記載の通りである。

よつて判断するに、別紙三の文書目録記載の文書(いわゆる担当者メモ、以下本件担当者メモという)が、相手方の所持し保管する公の文書であることを認め得る証拠はなく、却つて、一件記録によれば、本件担当者メモは、原子炉安全専門審査会の第八六部会及びそのA・B各グループ並びに第九七部会等が、本件原子炉の安全性に関する審議及び調査をした際の経過ないしその結果を記録した正規の公文書ではなく、右審査会の事務局の担当職員が、自己の心覚えとして任意に、右部会及びグループの活動の要点を自己の心覚えとして、便宜個人的に作成したメモ(忘備録)に過ぎないこと、そして、右担当者メモは、職員が個人として所持しているものであつて、行政庁である相手方が行政庁の公文書として所持し保管しているものではないことが認められる。

抗告人は、種々の事由を挙げ、本件担当者メモは、原子炉安全専門審査会の事務局の職員が単に個人的に作成したメモではなく、原子力局の作成保管にかかる原子炉安全専門審査会の部会議事録と実質的には同様の公文書である旨の主張をしている。しかしながら、原子炉安全専門審査会の各部会において行われた審理及び調査の経過ないしはその結果を、いちいち記録した文書を作成することは法律上は勿論、条理上も要求されていないというべきであるし、また、右各部会の審査が技術的・専門的、継続的であるからといつて、そのことのみから必ずしも右審議の経過等を記録した公の文書が現実に作成されているとも認め難いのである。その上一般に、会議の議事録を作成することが法律上要求されている場合であつても、議事録作成事務の担当者が議事録を作成する前提として議事内容をメモし、これに基づいて正規の議事録を作成することは、通常行われていることであるところ、かかる場合に、右担当者が議事録作成の前提として議事内容を便宜メモしたものは、あくまでも議事録作成事務担当者の個人的なメモというべきであつて、公の文書ではないというべきである。したがつて、本件において、抗告人ら主張の如く本件担当者メモに基づき、「四国電力株式会社伊方原子力発電所に係る原子炉安全専門審査会第八六部会及び各グループの議事要旨」と題する要約文書を印刷・作成しているとか、その他抗告人ら主張の諸事情があるからといつて、そのことから本件担当者メモが担当者個人のメモではなく、行政庁である相手方の所持する公の文書であると認めることはできないのである。

よつて、本件担当者メモの提出命令を求める抗告人の申立は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、原決定のうち右申立を却下した部分は相当であつて本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして主文の通り決定する。

(秋山正雄 後藤勇 磯部有宏)

別紙一 抗告人目録〈省略〉

別紙二

抗告の趣旨及び理由

第一 抗告の趣旨

一 原決定中、「申立人のその余の申立を却下する」との部分を取消す。

二 相手方は別紙三の文書の目録記載の各文書を提出せよ。

三 手続費用は全部相手方の負担とする。

第二 抗告の理由

一 原決定は、抗告の趣旨二記載の文書(原子炉安全査専門審査会第八六部会及びそのA・B各グループ並びに第九七部会の審査経過ないし結果の記録、以下本件文書という、尚、文書の表示及び趣旨は文書提出命令申立文書内容をより簡略化した)につき、

(一) その作成を要求する法令上の根拠がないこと。

(二) 右審議および調査の際、一般にはかかる記録は作成されていないこと。

(三) かかる記録文書は、同審査会の事務局たる原子力局の担当職員が、自己の心覚えとして任意に、部会およびグループの活動の要点をメモしたにすぎないものであつて、同職員が個人として所持しているものである。

と認めた上、右文書提出命令の申立は、相手方(被告)の所持しない文書の提出を求めるものであるとしてこれを却下した。

しかし、第八六部会は、伊方発電所原子炉設置許可申請を専議するため、原子炉安全専門審査会(以下審査会という)により設置された部会であり、いわば右許可申請に関する同審査会の審議を実質上代行し、専議してきたのであつて、同審査会においては、右審議の経過とその報告結果をほとんど形式的に追認・検討したに止まるものともいえるのである。

それ故、本件取消訴訟の主要争点であるところの、右審査手続が適正になされたか否かについては、殊に第八六部会の実質的な専議手続内容をその記録文書によつて、全体として能う限り正確に確定した上、同争点を解明することが必要となる。

しかも、部会により実質上全て遂行されるところの原子炉設置許可申請の当否に関する安全専門審査手続においては、高度に技術的・専門的な多岐にわたる判断事項につき、長期にわたつて審査を続けねばならず、その間継続的にかかる審査経過および結果の記録文書を作成していかなければ審査自体が不可能となり、あるいは著しく支障を来たす道理であつて、かかる記録資料は右手続に必須不可欠のものと解されるのである。

このような前提に立ち、抗告人らは、かかる重要な部会審議経過および結果の記録につき、その文書提出命令申立てを却下した原決定が、次のとおり理由がなく取消さるべきものと考える。

二 まず、右決定理由第一点である文書作成の法令上の根拠の有無について述べれば、以下のとおりである。

安全専門審査会において、地元住民の重大な利害にかかわる原子炉設置許可申請ないし設置許可変更申請につき、実質上これを専議するため設置された部会が、前記のとおり高度に技術的・専門的な多岐にわたる判断事項につき、長期にわたつて審査を継続するという責務を遂行するためには、たとえ行政立法上の不備・怠慢から独自の手続的規定が存しない場合においても、条理上(また、かかる手続における原子力基本法二条の民主的運営および公開規定順守の要請上)当然地元住民ら国民に対し、右手続の適正を担保するため、その審査経過および結果の記録を作成せねばならないものと解される。

それ故、かかる文書記録は、これを法令に基き作成された文書と同等以上の重要性および関連性ある文書であつて、少くとも民事訴訟法三一二条三号後段の提出義務原因ある文書と解することができる。

のみならず、右部会は、いわば原子力委員会および審査会がなすべき最も重要な事実審査を、実質上大部分これに代わつて遂行しているのであるから、かかる代行機関の審査手続に関し、これが不要な特段の事情なき限り、上位機関である審査会(ひいては原子力委員会)の運営に準じ、須らく慎重にその手続を遂行するため、その議事についても、既に提出の認められた審査会議事録に準ずる部会審査経過および結果記録が、審査会議事録同様の法令上の根拠に基いて作成されねばならぬものと解される。

したがつて、本件文書については、当然右提出義務原因を認めねばならぬこととなる。

三 決定理由第二点について、一般にかかる部会審査経過および結果記録が作成されていない如き事情は、およそあり得ないことであつて、審査の技術性・専門性・継続性からして、むしろ、かかる文書記録の作成がなければ、本件審査自体、不可能あるいは審査に多大の支障を来たすこと明らかである。

現に、本件取消請求訴訟第六回弁論期日における抗告人(原告)らの釈明に対し、相手方(被告)は、「原子力局事務担当職員が部会に出席し、その審査経過および結果を記載した文書があり、現在はこれを一括して日付順にならべ、ファイルにとじて利用、保管している。表題の記載は明らかにでなきないが、普通担当者メモと呼んでいる」旨述べて、かかる記録文書が存することを認めるに至つた。

そしてまた、同文書に基き、科学技術庁原子力局において、昭和四八年三月、「四国電力株式会社伊方原子力発電所に係る原子炉安全専門審査会第八六部会および各グループの議事要旨」と題する要約文書(その内容は、本件文書提出命令申立書添付資料三のとおり)を印刷、作成している事実もある。

四 決定理由第三点についても、殊に前項の要約文書作成の時期および多岐にわたる複雑な技術的・専門的内容およびその要約が原子力局により印刷されていることから判断しても、要約前の議事録、いわゆる担当者メモは、極めて詳細な部会審査経過および結果の全記録を含んでいると解されるのであつて、これが単に一担当職員の心覚えとして、任意に、部会およびA、B各グループの活動の要点をメモしたに過ぎないものとは、とうてい解し得ない。

また、一職員の任意の心覚えが、原子力局により「議事要旨」として契約され、印刷、配布されることはあり得ないのであつて、この点、原決定は、ややその呼称に影響され、右担当者メモが、真実は、審査会およびその部会の事務局たる科学技術庁原子力局が作成、保管するところの、部会議事録の実質を有する重要文書であることにつき、その認定を誤つたという他ない。

相手方(被告)は、従前、その大部分が実質的に右部会議事録(但し、現地調査日程における記録部分は、現地調査および結果の記録と呼称する方がより正確である)に他ならず、安全審査手続の要をなす最も重要な記録資料たる本件文書が、当初から一切存在しない旨主張し、これを秘匿せんとしてきたものであるところ、前記第六回弁論期日における抗告人(原告)らの釈明申立により、その存在を明らかにせざるを得なくなつたため、その呼称が「担当者メモ」である旨弁明して、右存在を認めた経過がある。

しかし、同要約文書の表題に、「議事要旨」と明記されていることからも窺われるように、要約前の部会議事録に当たる右文書がファイルに整理されて存在することは明らかである。

そして、相手方(被告)が、その提出を拒み、一途にこれを秘匿せんとしきたつたところの右安全審査手続の実質的基礎をなした本件文書こそ、抗告人(原告)らにおいて、当該審査の手続的瑕疵を明らかにする上に、最も必要かつ重要な資料と解されること言を待たないのである。

五 以上のとおり、本件文書は、原子力局作成、保管にかかるところの、前記部会議事録の実質を有する文書と解されるのであつて、上記機関たる審査会の議事録同様、伊方発電所原子炉設置許可手続の合法性をめぐる当事者間の法律関係発生過程において作成され、(実質的に原子力委員会や安全専門審査会議事録以上に)同法律関係と密接に関連する事項を記載したものであるから、明らかに民事訴訟法三一二条後段にいう「挙証者と所持者との間の法律関係につき作成された」文書に該当するものといわねばならない。

また、右文書はいうまでもなく、抗告人(原告)らおよびその家族、子孫らにとつても、その生命と安全にかかわるところの当該審査手続が果たして適正になされたか否かの主要な争点を解明する上で、最も必要かつ重要な証拠方法の一として、その提出を求める必要性がある。

よつて抗告人らは、すみやかに原却下決定の御取消並びに本件文書提出命令申立に関する適正な積極的御判示を求めて、本抗告申立てに及んだ次第である。

別紙三

文書の目録

一 伊方発電所原子炉設置許可手続及びその設置変更許可手続に関し、原子炉安全専門審査会第八六部会及びそのA、B各グループ並びに第九七部会の審査の経過ないしその結果の記録、いわゆる担当者メモ一切。

すなわち、本件原子炉設置許可手続につき、第八六部会及びその各グループ、同許可変更手続につき、第九七部会の、各調査、審議日程(被告準備書面(一)別紙三12―資料五―及び同別紙七―資料六―各記載の各調査、審議日程を含む)において、各部会事務担当局たる科学技術庁原子力局の係員が、作成した審査経過及び結果の記録であつて、同右各別紙内容欄記載の事項につき、昭和四八年科学技術庁原子力局が、「四国電力株式会社伊方原子力発電所の設置に係る原子炉安全専門審査会第八六部会及び各グループの議事要旨」(文書提出命令申立書添付資料を御参照)と題する右議事の概要に関する文書を作成した際、その作成の実質的基礎とした部会議事録に相当する文書。

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